REPORT「土佐の植物暦」山好き社員の散策レポート
「土佐の植物暦」
山好き社員の散策レポート
No.23
「土佐の植物暦」を愛読されている須崎市の渡辺静代さんは海辺で生まれ育ちました。今の自宅はすぐ前が海岸。海に面した崖にトベラ(海桐)が自生していますが、それがトベラだと知ったのは、たまたま読んだ坂東眞砂子さんの短編小説集がきっかけでした。
その短編は高知の漁村が舞台。太平洋戦争で長男を亡くした母親の物語の中に「(仏壇には)海辺で採ってきた海桐の白い花が飾られていた」というくだりがあります。海桐が出てくる場面はここだけ。さらっと流してしまいそうですが、渡辺さんはこの一文に目がくぎ付けになりました。
海桐?
「海桐?…」。「海辺で採ってきた」という白い花に心当たりがなく、気になって仕方がありません。当時、新聞に連載されていた「土佐の植物日誌」でトベラを見つけ、花の季節になってようやく小説の中の花と実物が重なりました。
「身近にあったのに意識したことがなく、名前も知らないままでした」。ただ、秋になると果実の殻が裂け、内から現れる赤い実がねばねばしていることは知っていました。子どものころ、山羊を飼っていた父親が「この木の実を山羊が食べたら死ぬる」と言っていたからです。その木が海桐だったのです。
潮風と強風に耐える
4月も下旬になると、浜辺はもう初夏を感じさせます。春先にはポツリ、ポツリだったハマエンドウの赤紫の花が一面に広がり、ハマヒルガオもピンクの花びらが潮風に揺れています。
海岸に近い道ぶちにはトベラ、シャリンバイの白い花が一斉に開花。ナワシログミの果実はいつの間にか赤く熟しています。潮風に耐える葉はどの木も肉厚。中でもトベラはつやつやと光沢があり、岩場でも根を張って海からの強風に耐えています。
鎮魂の花
渡辺さんにとってトベラは鎮魂の花です。坂東さんが他界した翌年、叔母さんも亡くし、二人を偲んでトベラを仏壇に供えました。その時の心情を新聞の投稿欄に綴ると、しばらくして坂東さんのお母さんも「(眞砂子が)大好きな浜辺の花を手向けていただいて、きっと喜んでいることと思います」と投稿。以来、トベラの花は二人の心に深く刻まれ、今も交流が続いているそうです。
広大な土佐湾の海岸では古来、海辺で暮らす人たちの死生観にトベラの花が心の深層で無意識に関わり、トベラをめぐる無数の物語があるのかもしれません。
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